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 ただいまラブラブモードでブログ更新中ですが ちょっと休憩

 真面目な話をします。賛否両論あるとは思いますが

 率直な感想を述べることにします。

 今日は 「ガン」についてのイベント参加でした

 真面目な話でもいいという方のみ 続きを読む をくりっくヨロ






 いきなりですが、今年の八月に母が癌宣告されました。

 乳がん・・・・女性が20人に1人といわれている(らしい)

 まぁ 癌ですから家族内はいろいろとありましたが

 2009年9月に左胸部全摘を行いました。

 僕は医療従事者という立場と息子という立場の中で複雑な心境

 でした。詳細はいつの日かブログで更新できれば と考えております。


 現在 抗がん剤の1回目を終了してそろそろ2回目を行う予定です。

 副作用のため髪は抜け落ちつつあります。

 そんな状況のなか 全国の癌患者と医療従事者のためのイベントが

 大分で行われました。大学の文化祭と合同開催でした。

 
  がんに負けない社会
をつくることを呼びかけながら交代で夜通し歩く、リレーフォーライフ


「リレー・フォー・ライフ2009」=RFL
リレー・フォー・ライフは、1985年にアメリカ・ワシントン州シアトル郊外で、
アメリカ対がん協会の医師が始めたイベントです。
大学の陸上競技場を24時間回り続ける

参加者を増やすために翌年からは医師、患者やその家族、
友人が数人ずつのチームを組むリレー形式になりました。24時間歩き続けるなかで、
参加者の間にがんと闘う連帯感が生まれたのです。

がん征圧を目指すための資金集めが目的ですが、単にそれだけではなく、
地域社会全体でがんと闘うための連帯感を育む場としてリレー・フォー・ライフは大きく広がり、
現在では全米4000カ所以上、世界20カ国以上で行われるようになりました。

開催方法は各地域の実情に応じて様々ですが、共通するプログラムとして
「サバイバーズ・ラップ」
(がんと闘う人たちの勇気を称え、がん患者やがんを克服した人たちが歩く)、

「ルミナリエ」(がんで亡くなった人たちを偲び、
一人ひとりの名前を記した紙袋の中にろうそくを灯して並べる)
などがあります。ほかに会場によっては、バンド演奏、ゲーム、
バーベキューなど多彩なイベントが繰り広げられています。


去年08年の全国で行われ、参加者は、計1万2千500人のうち
サバイバー(癌患者)は約1千500人でした。

家族・支援者だけでなく幼児や健康な人たちも多く参加しました。
がんといかに闘うか、がんに負けないで暮らす社会をつくろうという
リレー・フォー・ライフの目標に向け、各地で30~85人のボランティアが実行委に加わり、
家事の合間や、仕事が休みの週末に集まって企画を立てて尽力してきました。
健康な人たちががんへの意識を新たにしてボランティア活動に参加していただける
機運がでてきたところに大きな意味があります。


母が退院するころ 病院の先生からぜひ参加してほしいといわれたらしく

母も楽しみにしていた。


僕と母が会場へつくころには陽はすっかり落ちて 涼しい風が凪いでいた

会場のグラウンドははたくさんの人で埋め尽くされていた。

大学の広大なグラウンド・・・

陸上競技等で使われるトラックの内側の円周に

たくさんのルミナリエ(灯篭)

その周りをたくさんの人が歩いている。

PA170013.jpg



さらにその周りには 運動会よろしくたくさんのテント

があった。そのテントの中に母がお世話になっている病院の

場所があった。

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チャリティもやっているので、参加費とチャリティのタオルを購入

挨拶も程ほどにさっそく歩き始めた。

殆どが医療関係者や医療系の学生、そして患者家族が占めていた

大学の文化祭の一部なので かなり若い人も歩いていた。

足元を照らすルミナリエの灯はやさしく揺らめいていた

白い紙袋の中にろうそくを入れており、色々な人が

その紙袋にメッセージを書き込んでいた。


PA170010.jpg


僕と母はそれらを一つ一つ読みながらトラックを一周・・・また一周

と続けた。

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会場にはステージが設けられており、いろいろなイベントが行われていた

進行していたDJはどこかで聞き覚えのある声だった

FM大分のDJではなかろうか?

歩く人の中には仮装をしているもの、大きな旗をもって参加するもの、

子供連れも沢山いた。みんなそれぞれ思いがあって歩いているに違いない

僕はルミナリエのメッセージを読んで歩いているうちに

ふっっと目頭が熱くなった

・・・ヤバァイ・・・

メッセージの中にはおちゃらけているものもあるが

まじめに切実と訴えかけるメッセージが刻まれていた

PA170011.jpg


癌でなくなった父へのメッセージ

闘病生活を送る息子への母のメッセージ

妻を労わるやさしいメッセージ

だんなを思いやるメッセージ

これはフィクションではなく

リアルにある苦痛

映画やドラマではないのだ 

そう思うと心の隙を衝かれたように涙がこぼれそうになる

そんな時DJの渋い声のナレーションが時を選んだかのように

「・・・このルミナリエのメッセージ、皆さんに伝わるでしょうか?
 たくさんの人の思い、、、きっと天国にいる大事な人へ届いているでしょう・・」

言葉が耳をかすめる。

これ以上 ルミナリエを見たら本当に泣きたくなってくる

みんな楽しそうに歩いているのに・・・

僕は空を見上げた

なんとかここで泣くわけには行かない。

PA170014.jpg




そこには暗く青い闇が広がっていた。

数周歩いたあと、病院の方々から温かいぜんざいを頂いた。

医師や看護師、栄養師さんなども来ていた。

母がぜんざいを食べている間、僕はもう一回りした

さっきまでは ルミナリエにばかり気をとられていたが

今度は周りのテントを見ながら歩いてみた

PA170018.jpg



○×病院 ××会と病院の名前と患者会の名前の旗が目に付いた

そのほかの医療団体も目に付いた 検査技師会。作業療法士会

たくさんの人達の協力があってはじめてこのRFLは成立しているんだなと思った

だが 歩いている若者のなかにはそういった深い意識のない人達も多いようで

(というか 無理な話だが、)ゲラゲラと笑いながらナンパしている学生なども

目だった。患者家族としての立場・医療従事者の立場からして

不謹慎だなぁと感じた。
PA170005.jpg


たしかにここには癌には全く関係がなく、無理に参加させられている人達も多いのだろう

しょうがないことではあるが、内容が内容なのでもう少し場をわきまえて欲しい

そんな印象を受けた。すばらしい活動なのにソレだけが心残りだった。


やがて 夜も進み、「エンプティテーブル」というイベントが行われた

グランドは明かりが全て落とされ、楕円形に輝くルミナリエの灯だけだった

幻想的ななか ステージには1セットのテーブルとイスが置かれていた

そこにあるもの全ては 色々なものを象徴していた

PA170022.jpg



そこにある小さなイスは癌と向き合う人(患者=サバイバー)が座るべきイス

テーブルに掛けられた白いテーブルクロスは命を掛けて癌と戦う医療者の象徴・・・

伏せられたグラス オレンジ色のキャンディー 一輪の真っ赤な薔薇

透き通るような綺麗な声のナレーションが ステージに照らされた

テーブルの説明を行っていく。

とても感動的であった しかし そのときの僕はルミナリエに書かれたメッセージのほうが

より感動するものであった。


エンプティテーブルイベントが終わり 再び歩き始める人達。

中には抗がん剤をうけているであろう患者もちらほら見受けられた。

RFLは残り14時間 皆歩き続けるだろう。母と僕は会場を後にした。


RFLが大分で開催されるのは二回目だという。運営や各々の病院のスタッフのかかわり方

まだまだ問題点はあるもののこういう活動はずっと行ってもらいたいものである。

イベント性、ショーのように見せるための演出ではなく 患者や家族、一般の人達への啓蒙

医療従事者同士の結束 いろいろな絆を深めることができれば

どんなに小さいイベントだって成功だと僕は思う。 


PA170006.jpg


PA170007.jpg


 以上 ムスカでした。
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